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出会いと熱と眼鏡
 ちょこんと大きな桜の木の下へ立ち、あんぐりと小さな口を開けてその威容に見入るムシクイのこどもが2人。一人はまだ10にも達していないであろう、珍しい青色をしたムシクイの男の子。もう一人はその子よりも若干大きいように見えるキイロムシクイの女の子だ。くるくるとウェーブのかかった可愛らしいオレンジの髪が、肩に触れるぐらいまで伸びている。
 ファミーユ家の末兄弟、スピカとタリタだ。
 いつまでも眺めてるなあ。堪える気のない小さな笑いをもらしてから、桜の木の持ち主はそうっとドアを押し開けた。
「いらっしゃい、かわいいお客さんだねぇ。よかったらこっちで見ていかない?」
 怪しむタリタを引っ張って家主の誘いを受けたスピカは、30分後には彼女の膝の上で気持ちよさそうに眠りこけていた。それを呆れたように見下ろして、決まり悪そうにタリタが口を開く。
「ごめんなさい、お邪魔したうえにスピカの面倒まで見てもらって」
 すいませんでした。と、年齢に見合わない物言いで小さな頭を下げる。
「あはは、いーんだよー。私、小さい子だーい好きだし! あ、そだ。チョコレート食べる? こないだの貰いものがまだあったと思うんだけど……」
 言いながらすぐ傍にある引き出しをいじりはじめたムシチョウの女性を見つめて、タリタはこっそりとため息をついた。彼女の言葉に嘘はないのだろう。目鼻立ちの整った綺麗な表情はしごく機嫌よさそうに緩んだままで、桜色のしっぽは楽しげに床の上で一定のリズムを刻んでいる。
 どうしてうちの近所にはこう緊張感のない人たちが集まるのかしら。それはもう喜ばしいことに違いないのだけれど、世の中いい人ばかりではないということをいつまでもスピカが学習しないではないか。小さいうちに少しぐらい痛い目に遭っておいたほうがいいのに。そんなことを思いながら、二度目のため息をつきかけた時にはもうムシチョウの彼女が可愛らしいチョコのポッドを見つけて歓声を上げていた。
「はい、好きなのどーぞ!」
 そう言って差し出されたのは口をぱっくりと開けたムシクイの本性をかたどったポッド。中には手のひらにおさまるぐらいのマーブルチョコががらがらと音を立てている。タリタはお礼を言って、テントウムシ柄の包み紙をひとつ、手に取った。ぺりぺりと音を立てて開きながら、ふと思い出したように彼女を見上げる。
「あ……。申し遅れて、ごめんなさい。私、タリタ・ファミーユ。このこはスピカ。弟なの」
「タリタちゃんとスピカくんねー。私はキルシェ・アドラー。よろしく!」
 にっこりと笑って差し出された手を取りながら、タリタはどことなくデジャ・ヴュを感じていた。たしかあの家族も初対面の時にはこんな風に私の手を握ったっけ。案外、この人とは仲良くなれるかもしれない。
 そんなことを胸に描くタリタの心中はさて置き、こうして人知れぬうちにファミーユ家と桜色のムシチョウ、キルシェの邂逅は果たされたのである。
 偶然というのは重なるもので、一方的にジルコンが彼女を認めた翌日から、家族一同の知り合わないところで更にその関係は深まっていった。
 買い物先でロウオーレとキルシェの両名はバーゲン品を譲り合っているうち第三者にさらっていかれるという笑い話のような出会いで友人となり、ファミーユ家の次兄バーゼルが落とした手帳をその場で拾って追いかけたのもまたキルシェ。そして今日、ファミーユ家の長姉・玉樹が勤める薬局に現れたのもやはり、彼女だった。
「風邪薬……ですね。こちらが熱さましで、こちらが咳止めです。基本的に一日3回、食後30分以内が望ましいです。両方とも、一回分は帰ったらすぐに飲まれてください」
「はーい、どうもお世話になります」
 目の前で申し訳なさそうに頭を垂れた彼女に頭を下げ返し、お大事に。と声に出す。仕事柄、元気そうな病人にもお目にかかることはあるが、今日の彼女はなかなかきつい状態らしく青い顔をしていた。無事に家まで辿り着ければいいけど。そんな想いを込めて見送りながら、利用者名簿に記帳する。Kirsche。どこかで聞いたような名前だったが、優秀な薬師である彼女は別段気に留めることもなくすぐさま次の薬の配合に取り掛かった。
 重い足を引きずって大通りまで出たキルシェは、肩で大きく息をついて街灯によりかかった。お世辞にも綺麗とはいえない塗装が服を汚しても、そんなことは気にしていられない。とにかく熱に侵された体はだるくて、その状態で歩き回らなければならない状況は非常に心細かった。こういうとき、一人暮らしは辛いと思う。まさか編集さんを呼ぶわけにもいかず、彼女にできることといえば「ロウちゃんに連絡先聞いておくんだったなあ」、と苦笑まじりに心の中で弱くつぶやくことぐらいだ。
 幼い子どもの声が自分を呼んでいるのに気づいたときには、病気をうつしてしまうかもしれないという焦りよりもまず困惑を覚えた。そのぐらい、厳しい状態だったのだ。
「あっ、きるせ!」
 ぱたぱたぱた……軽い足音とともに小さな青い頭が視界に入ってくる。見慣れた色彩が近頃よく遊びにくるムシクイの少年だと気づくまでに、回らない頭は数秒を要した。
「なにしてんの? きゅーけー?」
 あはは、弱く笑って答えようとしたときに、スピカを追ってきたらしい落ち着いた足音に気付いた。
「こんにちは。どうされたんです? スピカ、君のお知り合いかい?」
 ジルコンは正直、驚いていた。そんなに物覚えの悪くない彼にもあの夜のワンシーンは印象的で、そのシーンの主役である桜色の彼女とこんなに早くめぐり合うとは思いもよらなかったのである。
「うん、ともだちー。きるせ、こいつ、おれの兄ちゃんでジルってんだ!」
「あぁ、そうなんだー? どうも、はじめまして。私は…」
 慌てて名乗ろうと顔を上げた先で世界は反転し、視界が定まったときキルシェは細長い腕の中で何かが割れる音を聞いていた。
 ええと、今なにが起こったんだろう。ぼんやりとする頭で、懸命に辺りを見ようと努力する。足の下で、ぱり、となにかが細かく砕ける感触がした。
「……るせ、きるせ!」
 幼い声が足元に取りすがり、必死に名前を呼んでいる。あ、スピカだ。そうだ、スピカと会ったんだった。そんで私は彼のお兄さんに挨拶をしようと……。
 そこまで考えて、はたと思考が停止する。いま私の背を支えている、この腕は誰のものだろう。ゆっくり視線を下に下ろした。
「大丈夫? ひどい熱だ。ああ、薬局帰りなんだね」
 キルシェが落としたらしい薬局の袋を見つめる精悍な顔立ちに、一瞬前までとの間違いを探す。それがなんだかわかった瞬間に、熱で青ざめていたキルシェの顔から一層に血の気が引いた。眼鏡だ。細いスクエアフレームの眼鏡がお兄さんの顔から消失している。慌てて足元を見ると、案の定そこには無残に踏み割られた針金とガラスの残骸が転がっていた。
「ごっ、ごめんなさい! うわ、わー! 私……どうしよう」
「ああ、良いんだよ! こんなのはぜんぜん気にしなくていいんだ。こら、スピカ! 危ないから触るんじゃないよ」
 ジルコンはそう言うと自らの眼鏡を道路わきへと蹴やり、彼の小さな弟に薬の袋を取るよう促した。
「全然良いって、そんなわけないですよ! 私、弁償しますから」
「良いんだよ。今は僕の眼鏡なんかのことよりも、安全に貴女が家に辿り着くほうが先決だ。家はうちの近所だったよね? さあ、送っていこう」
 そう言ってジルコンはキルシェのわきの下で体を支え直して、スピカと一緒に歩き始めた。朦朧とする意識ではそれ以上の行動ができず、促されるままに大人しく歩きはじめる。途中何度か彼女がふらつく度に、ジルコンは「よくそんな体で外に出ようと思ったね」と呆れ半分で苦笑した。
「仕方ないんですよ、一人で暮らす以上。その分一人のいいことも、やっぱりあるし」
 こちらも苦笑まじりで答え返しながら、身長があるぶん同年代の女性よりも重くなってしまう彼女の体重を軽く支えてしまう大きなてのひらや、ぱたぱたと先を行っては立ち止まって二人を振り返る幼い瞳が心地よくなかったと言えば、それははっきりと嘘になるだろう。
 キルシェから鍵を受け取ってやすやすと家の中へ上がりこむスピカをたしなめながら、ジルコンは玄関先で軽く彼女に頭を下げた。
「女性の一軒家に僕がずかずか踏み込むのもどうかと思うから、ここで失礼。もしよければ後で妹を呼んでおこうか? あ、誰か、お知り合いがいるかな。しかし僕がいうのもなんだけど、僕の妹はそういった看病がとても上手なんだよ」
 人好きのする笑みでそう言われてしまっては、キルシェは全身で恐縮しながら頷くしかなかった。実際、この状態のまま一人で過ごすのはかなり、きつい。そういった彼女の葛藤を知ってか知らずか、ジルコンは安心したように笑うと、「じゃあ、すぐに」と言い残して立ち去っていった。
 ちなみに、残された彼女が鍵もかけずふらふらとベッドに沈んだのは、それから30秒もかからない後だった。
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【2006/03/05 04:56】 | 花の眠る庭 | トラックバック(0) | コメント(0)
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  • Author:狩野宿
  • 虚言・妄想・戯言・被害妄想が並じゃなく多いです。
    焦ったり面倒がったりまったりしたりしながら語彙と表現力の無さを嘆いています。
    そんな感じの修行中字書きです。

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