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花の眠る庭
 ファミーユ家の長男、ことムシチョウのジルコン・ファミーユが手につく本を手当たり次第読み漁る読書家なのは、家族の誰もが知るところだ。しかし、文字の偏食とでもいうのだろうか。少しでも作者の書き方が気に食わないと興醒めするらしく、途中で放り出された論文や読み終わったまま二度と手をつけられない物語も少なくない。
 そんな彼が近頃、ひときわ気に入っているのは最近文壇に踊り出た新人作家『Kirsche』のデビュー作『花の眠る庭』だ。 もう数度読み返したらしいカバーの角はやわらかく丸みがかっているし。ジルコンが持ち歩いている時のほかは、目にやさしい薄桃色の背表紙がいつも彼のお気に入りの棚に収まっていた。
 今日も足元に夕日が差し込む店の椅子にもたれて、ジルコンは機嫌よさげにその本のページを捲っている。なんだか絵本に夢中になっている子供のようだと思いながら、ロウオーレは表情を緩めてそちらへ歩を進めた。
 彼女が近づいたことに気づいてはいるのだろうが、ジルコンは顔を上げようともしない。そんな兄の様子を気にすることなくロウオーレはカップへお茶を注ぎわけ、そっと彼の視界へ押しやった。
「兄さん、お茶どうぞ。……その本、そんなに面白いの?」
 静寂を破られたことは彼にとってさしたる問題ではないらしく、ジルコンはすぐに笑顔のまま顔を上げて妹を見つめ、丁重にしおりをはさんでから本を閉じた。
「ありがとう、ロウ。うーん、『面白い』というのとはまた違うね」
 考えるようにカップを引き寄せ、紅茶を口に含んでからジルコンは一拍黙り込んだ。ゆっくり時間をかけて紅茶を味わい、その間も急かすでなく彼のしぐさを眺めていた妹にまた視線を戻す。
「そうだね、この作品の空気はとても優しいんだ。決して口当たりのいい言葉や言い回しばかりじゃないのに、暖かさや穏やかさがちゃんと読み取れる。きっとこの雰囲気が好きなんだろうね」
 目を細めて見下ろした本を、妹に向けて差し上げる。
「ロウも読むかい? 近頃出た中ではイチオシだよ」
 ロウオーレは笑って首を振り、傍らに置いていた荷物を手にとった。
「兄さんが読んでない時に少しずつ借りて読むわ。ねえ兄さん? お願いがあるんだけど……」
 ジルコンが小首を傾げて促すと、ロウオーレは鞄からかわいらしい水色の封筒を取り出した。
「これ、お店閉めてからでいいから出してきてもらっていい? 旅行中の友達になんだけど、うっかり忘れて帰ってきちゃって。私そろそろ夕飯の支度をしなきゃいけないの」
「もちろん。何か他に用事はないね?」
 受け取った封筒を曲がらないようにベストの内ポケットにしまい、ロウオーレが頷くのを確認してから立ち上がる。
 ジルコンが営む骨董店『翌檜堂』は、もともと昼間訪れる観光客や、ふらりと現れては数点の品を買っていく常連以外には訪れるもののないような店だ。そのため夕食時は一旦閉めて、床に着くまでの間また開けておく、という非常に気ままな営業を行っている。いつもより少し早いが、散歩ついでに出しに行ってくるのもいいだろうと思ったらしい。
「それじゃあロウ、夕飯ができるころには戻るよ。みんなをよろしく」
 小さく手を振って見送られながら戸へ鍵をかけ、雨ざらしになってすこし色の褪せた看板を裏返す。一時の閉店なので表の品書きはそのままに、若い店主は西日の溢れる田舎道をゆっくりとした足取りで歩き出した。


 カタン。僅かに残っていた陽の光も絶え、薄闇がかった中で手にした封筒の切手と投函口を三度確認してからポストに落としこむ。満足げにポストを眺めてから、役目を終えたジルコンは家に帰る道から少し外れて歩き始めた。夕暮れ時の散歩というのはなかなか乙なもので、暖かくなってきたちかごろでは家によっていろいろな花を目にすることもできる。
 しばらく通らなかった小路を抜けていくと、少し先に薄くもやがかかったような木が目に入った。あれって。期待の言葉を小さく漏らして、上向きながら少し歩みを速める。
 幻のように咲き零れる桜の木が、悠然とかまえてそこに立っていた。
「……綺麗だ」
 意図せず零れた感嘆の言葉が静かな空気に染み通る。そこで、ジルコンははじめてその桜の下に佇む人影に気がついた。
 思わず、息を止める。数秒、その光景から目が離せなくなった。
 零れ咲く桜の樹の幹によりかかるようにして、背の高い女性が立っていた。花びらと同じ色の髪がやわらかい風に散って、ジルコンが立っている方向からそのひとの顔を隠す。
 我に返って、見蕩れてしまったことをごまかすように歩き出しながら予定の曲がり角よりも一つ前の道を折れる。この年にもなってなにをしてるんだか、と心中でぼやいているうちに、帰り道を2回、間違えたのは彼だけが知る秘密だ。
 綺麗な人だったなあ。調度あの話に出てくるワン・シーンのようだった。そんなことを考えて自分で照れくさくなりながら、またあの桜を見に行こう、と彼は頭の中のご近所の地図にしっかりと印を書き加えた。
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【2006/02/28 02:24】 | 花の眠る庭 | トラックバック(0) | コメント(0)
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  • Author:狩野宿
  • 虚言・妄想・戯言・被害妄想が並じゃなく多いです。
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    そんな感じの修行中字書きです。

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