スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告
霧嶋邸・再来之巻
 カラコロカラコロ。
 軽やかに下駄の鳴る音を聞きつけて、ぱたぱたと小さな足が板張りの廊下を滑ってゆく。
 おかっぱ頭が印象的な全体的に小作りの美少女は、息を詰めてじっと玄関の扉を見詰めた。後頭部で蝶々結びにした大きなリボンが愛らしく、片方だけ薄青の瞳が余計にその肌を白く見せていた。
 カラコロカラコロ。
 足音がいよいよ玄関の前に差し掛かり、少女は短く息を整えてその場に面を伏せた。しっかりと三つ指を揃えたところで、ガラリと音を立てて扉が開く。
「お帰りなさいませ」
 ころりと鈴を振った様な、はきとして丸みのある声が少女の唇から紡がれた。それに応えて、足音の主が彼女を見詰める。
「ああ、ただいま」
「……コウさん?」
 少女にとってその男は予期せぬ相手だったらしく、直ぐに上げられた面には驚きと戸惑いが浮かんでいた。
 男はびしりと着込んだベストスーツに下駄を突っ掛けるという奇妙な出で立ちで、目の下には濃い疲労の痕が表れている。
「まあ。少し休みませんか? お部屋なら整えますから……」
「いや、要るものを取りに来ただけなんでね。有難いけどすぐに戻らんといけない」
 少女、ゆかりより幾分重たい足音を廊下に響かせながら、コウは言葉どおり早々と書斎の扉に消えていった。残された下駄を見詰めて、ゆかりが物憂げに睫を伏せる。
「すまんかったな、坊んじゃなくて」
 驚いて顔を上げると、視界に伸びてきた長い足が無雑作に下駄の鼻緒を突っ掛けた。
「急ぎだったから借りてきたんだ。なに、もうじき済むからな。次に戻るのは坊んだろう」
 抱えた書類を見せるようにひらつかせてから、コウはゆかりが口を差し挟む間もなく玄関の扉をくぐっていった。
 見透かされたことに動揺し、瞬時に硬直してしまっていたゆかりだが、そんなゆかりの想いは彼女以外の家人にとって周知の事実である。
 ぴしゃり。閉まる扉を見送って、そこで初めて気付いたようにゆかりが深々と面を伏せる。
「……いってらっしゃいまし」

 地元では有数の貿易商たる霧島龍而の元に、大口の以来が飛び込んできたのは三日前だった。とんでもない量の真珠をとんでもない額と期間で発注してきた依頼人に応えるべく、ここ数日のところ館のものは皆、先代のいる離れに引き篭もっているというわけだ。
 当然、ゆかりも皆についていくつもりだったのだが。仕事の依頼は離れに通じるといえ、霧島ほど大きな屋敷が何日も無人では困りものだ。仕方なく、留守番の任を言い付かることとなった。
 はじめこそ主の不在を預かるのも使用人の大事な務め、とはりきっていたゆかりだが、そこはまだ年端もゆかぬ少女である。
 ましてゆかりはそんなに何日も一人で過ごしたことはなく、生涯一度も感じたことのないような孤独感を味わっていた。
「えにし……早く帰ってきてくれないかな」
 ぽつりと呟いた言葉もしんとした屋敷の静寂に吸われてしまうようで、奉公始めから数年来というベテランメイドにもあるまじく、不覚にも涙がこぼれそうになった。
「コウ、もう一度戻ってきてくれないかな」
 目の端に滲んだ涙を一重の裾でそ、と拭いながら、ぽつりと漏らす。
 常は誰にも見せない、年齢相応の少女の顔だった。
 ただし一般の少女と違い、最も愛しい主人の名を口に上らせなかったのはメイドとして彼女なりの意地だったのだろう。
 嘆きを断ち切るようにぴしりと背筋を伸ばし、すぐに中断していた皿磨きに戻ってゆく。
 屋敷の備品を常に美しく保つのも、使用人たるゆかりの誇るべき務めであった。
 そうしててきぱきと毎日の備品整理をこなしているうちに、何時の間にやら時間は過ぎる。どんな時でも仕事に身を入れることができるのもまた、彼女の美点のひとつだった。
 ふとゆかりが顔を上げたときには、窓から差し込む日がオレンジ色に視界を染め上げていた。
 そろそろ夕食の支度に取り掛からなくてはいけない。
 昨夜も結局、離れへ運ぶことになった膳の数々を一列に並べて夕食のメニューを考慮する。
 大旦那様と大奥様は和食がお好きで、特に南瓜の煮つけはお喜びになる。
 コウは花野菜(キャベツ)が嫌いだから、使う時には煮しめたりして気をつけなければいけない。
 えにしは菜食主義。旦那様は洋食好みで、牛肉がお好き。
 ゆかりは今回の仕事に貢献できないことを悔やんでいたが、実際のところ個人の好みと栄養不足を的確に把握している彼女が調理場に立つことで、大いに離れの面子が助かっていたと言える。
 ゆかりを側におきたがる龍而を、えにしが押し留めた理由の一つでもあった。
 献立を考えながらも、使う食材は大体決まっていたらしい。ゆかりの小さな手は調理場の上をくるくると忙しく動き回り、鮮やかな手つきで食材を片付けてゆく。
 ふつふつと煮立つ鍋から一匙、味見を口にした直後、それまで淀みなく動いていたゆかりの手が止まった。
 何を察したか慌てて火を小さくし、身体を翻して駆けてゆく。
 決してみっともなく裾が乱れるほどの速度ではなかったが、彼女の服装でできうる限りの全力疾走だった。
 彼女の軽い足音に紛れて、乾いた木の音が玄関前の石畳の方から響いてくる。
 ゆかり自身気付いてはいなかったが、その頬はさっと朱を流したように紅潮し、逸りを無理矢理抑えこむように伏せた瞳はきらきらと輝いていた。
 カラコロカラコロ。
 足音が近づく、玄関の扉に見知った人が手をかける気配に、ゆかりは思わず小さく笑みながらきちりと深く面を伏せた。
 扉が開く音、そして、待ち侘びたあの方のお声。
「ただいま~、ゆかり!」
 ゆかりは至福の笑みを浮かべて、綺麗に綻んだ面を上げた。
「お帰りなさいまし、旦那様」

 一方、龍而に遅れること少し。
「ほらね、あんなに嬉しそうにしちゃって」
「やっぱなぁ。ゆかりにゃ可哀相だが坊んにゃ、あのぐらいの褒美がないと頑張りゃしねえからなあ」
 ゆかりの幾分弾んだ声を聞きながら、三日二晩の頭脳労働に疲れきった執事と使用人の会話であった。
スポンサーサイト
【2006/05/30 18:27】 | 短編、他 | トラックバック(0) | コメント(0)
<<どえらい遅れました……! | ホーム | おはなし>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://tinysong.blog20.fc2.com/tb.php/62-334ec119
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
Cantabile


  のびやかに、歌うように。            タイトルに反してのらくらだらだら

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

カテゴリー

リンク

月別アーカイブ

最近のコメント

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

メロメロパーク

フリーエリア

ハーボット

プロフィール

狩野宿

  • Author:狩野宿
  • 虚言・妄想・戯言・被害妄想が並じゃなく多いです。
    焦ったり面倒がったりまったりしたりしながら語彙と表現力の無さを嘆いています。
    そんな感じの修行中字書きです。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。