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第一話  「迷子」
 そう、それはまるで夢のような半年間。
 半年、6ヶ月。数えてみればたったそれだけの短い時間にもかかわらず、私のまわりには大きな変化がおとずれていた。
 ハツキチハル。小さな台風のような彼女の手によって。

 ふと目をやった窓の外では、秋風にあおられた木の葉がばらりとどこかへ流れていく。ぼんやりとそれを見送ってから、彼女は我に返ったように慌てて黒板に目をやった。隣席の青年がいなくなってもうずいぶんと経つのに、窓際にあるからっぽの机がちらちら視界の端に入ると、どうしても集中が損なわれてしまうのだ。
 その席の主である青年は、入学後しばらくクラスの人気を博していたにもかかわらずここ3ヵ月ほどその席に姿を現していない。
 胸の中を占めた感情を追い出して、授業の内容に集中する。美声と名高い英語教師の声はすらすらと頭の中に英文を描き出していくようで、さやは間もなくノートの遅れを取りもどすことができた。追いつくと同時に黒板を滑る教師の手が止まり、終業の鐘が鳴る。英語教師はぱたりと教科書を閉じて、教室の生徒たちを振り返った。
「では、今日の授業はここまで。ノートを取り終わった人から終わっていいよ。質問がある人は、1時以降に職員室に来てください。以上」
 律儀に生徒へ一礼して、教師が教室を後にする。途端に、室内がどやどやと騒がしくなった。「終わった」「昼飯!」という単語が、あちこちから聞こえてくる。ばたばたと購買へ走る生徒もいて、どうやら真面目にノートを取り終える生徒の方が少数派らしい。
 遠藤さやはその少数のうちに入っているようで、きっちりと英文の最後までをシャーペンでなぞってから、ふうと深く息をついた。見計らったように、彼女の両肩に手がかかる。
「さーや、ごはん行こう」
「わっ。なんだ、菜緒かあ。びっくりした」
 片や席についたさやの顔を覗き込み、片や首を逸らせて菜緒を見上げながら、少女達が笑いあう。どこの教室でもあるような、昼休みの1コマだった。
「るーちゃんは?」
 さやが訊ねれば、「パン買いに行ったよ」と菜緒がビニール袋に吊り下げた自分の昼食を指差した。成長期の昼食が菓子パンだけというのも問題な気がするが、さやは笑って頷いた。
 話している内にまとめてしまった勉強道具を鞄に直し、二人はそろって教室を出た。購買に向かうのか、めいめいの食事どころを目指すのか、クラスや学年が入り乱れた生徒の流れに混じって北庭を目指す。
 北庭。そこは言葉のとおりの場所で、要は校舎をぐるりと囲う外庭の一角だ。
 コンクリートで花壇とは段差がつけられ、昼食をとる分に支障はない場所なのだが、なにしろ北向きなため日当たりがあまりよろしくない。中庭と違って高い植え込みと柵をへだてた向こうに車や人通りもあるためか、彼女たち以外の利用者がいないという、なかなかの穴場なのだ。
 わずかな日光を求めて日向に並んで座りながら、さやと菜緒はもうひとりの友達を待った。他愛のない話を繋げていたが、そのうちにぽつりと菜緒がつぶやく。
「ねぇ、もうじきだね。あと1ヶ月だよ」
 なにが、とは言わない。さやもその続きを汲み取って、神妙な面持ちで頷いた。
「うん。……もうじき、だね」
 嬉しさと寂しさをない交ぜにしたように微笑む。そんなさやの表情を見て、力のある声で菜緒が続けた。
「大丈夫。あいつらが戻ったら、百人力だよ。大木もきっと押し切られる。ね、さや」
 あたしがそうできないのが悲しいけど。本当に悔しそうにそう付け足して、菜緒はその話題を括った。
 彼女の優しい心遣いを嬉しく思いながら、さやはもう一度、にっこりと笑って頷いた。丁度そこへ、待ちかねた友人。一瀬琉璃(いちのせるり)がパンの袋を抱えて現れた。かなり人波に揉まれたらしく、ふわふわの長い髪の毛が少し乱れてしまっている。
「おまたせ。はぁ……ごめんねー。購買混んでたの」
「決まってるじゃん。駄目だよ、琉璃なんかゆたっとしてるんだから、朝ちゃんと買ってこなきゃ」
 ほほえましい会話に頬を緩めながら、さやはそっと彼の名前を思考でなぞった。情けないことに、それだけで胸が締めつけられる。

 大木正親。(おおきまさちか)
 彼はいま、どうしているのだろうか。

「らっしゃい! おー、オバちゃん今日は何がええのー? 今日なぁ、大根めっちゃ安いわ。見てコレ、こんなぶっとくてキレイなんこの値段やで。どお?」
 朗らかな低音の声が、商店街の一角に響いた。どん、とセール品の大根をダンボールで下ろして、まだ若い男がにかっと笑う。
「あらっ、おいしそうね。じゃあそれもらおうかしら。お葱と白菜もある?」
「うん、あるある。今夜はナベ?」
「おナベ! いいわねぇ、そうしようかしら」
「ええなあ、おいしそうや」
 ふくよかなご婦人と楽しげに喋りながらも、正親は手早く言われた品々を見繕い、慣れた手つきで袋づめにしてゆく。最近寒くなってきたねえ、だとか明日の天気はどうだろうねえ、とか。話題だけ聞いていると主婦の井戸端談義のようだ。
 友人が見たら嘆いただろうが、もとより親が仕事で飛びまわっている正親には一人暮らしがあたりまえになっている。正親にとって洗濯物がかわくかどうかや今夜の夕飯の献立を考えることは、彼と同じ年代の若者が音楽を楽しんだりスポーツにいそしんだりするのと同じぐらい生活の一部になっているのだ。
「はい、お待ちどお。白菜おっきいのにしといた」
「ありがとう。がんばってねぇ」
「まいどー! またよろしゅうしたってー……あ、おっちゃんお帰り」
 正親に迎えられて八百屋ののれんをくぐったのは、今どき見ないような正統派の角刈りにねじりはちまきを締めた、どこから見ても立派な「八百屋のおじさん」だった。
「おう、マサ。すまんなぁ遅れて。上がっていいぞ」
 正親のバイトは、本来市場から店までの荷物の運搬を手伝うことだ。店主の用事が終わるのを待つうち店番を引き受けていた彼は、その言葉に頷いて前掛けと額のタオルを取り去る。がっしりした体格の店主と並び立つと、余計に正親の背が高いことがわかった。180cmを優に超える体格ときりっとした目元が相まって、遠目に見てもなかなか迫力がある。
 今日の分、と帰り際に渡された封筒をジーンズのポケットにねじこみ、どうもおおきに。と笑って頭を下げる。聞いてそれとわかる関西弁は、しかし関西の人間が聞けば首を傾げるつくりをしていた。あちこちの地方の訛りがまざりあっていて、イントネーションはきちっとあっているのに違う地方の人間が「関西弁」を真似ているように聞こえるのだ。
 もちろんそれにも理由はあるのだが、こうして違う地方で暮らす分に何ら問題はなかった。
 さて、と立ち止まる。午前中の暇つぶしが終わってしまったからには、これからどこかで昼食を取って家に帰り布団と格闘しなければならない。そろそろ干さなければいけない頃合だが、近頃おてんとうさまが顔を出さずにじりじりと時期を逃してしまっていたのだ。
 何を食べようか、と悩む正親の腰のあたりが、ふいにく、とつっぱった。
 なにかに引っかかったのかとけげんに思ってふりかえる。厳密に言えば引かれたのは腰ではなかった。ついでに言えばなにかに引っかかったわけでもない。正親のトレーナーの裾を、誰かがちいさな手で引っ張っている。
 うん? 口の中で唸って、更に体を捻った正親の目に飛び込んできたのは。
「…………」
 迷子だった。
 うるうると大粒の涙をたたえた瞳に、自信なさげに握り締めるてのひらにはよれた地図。すがるようなまなざし。
 どこをどう取っても、完膚なきまでに迷子である。
 面食らうのと同時に、ちいさいなあ。と場違いな事を思った。はじめは小さな子供かと思ったその少女は、よくよく見れば正親が通っていた高校の制服を着ている。
 ……嫌な予感。内心冷や汗をかきつつ、さてどうしたものかと思い悩む。
 するとそのうちにも、少女の瞳からぼろぼろと涙の粒がこぼれ落ち、可愛らしい顔はくしゃくしゃになっていった。
「……っく。ふぇ……ふぇええええええええん」
「!?」
 ついにはそのまま大泣きされ、軽いパニック状態に陥った正親はコンマ数秒のうちにあれこれと思考を巡らせた。
 ここは商店街である。自分を知る人も多い。よってこの状態は非常にまずい。必然的に無視するという選択肢も削除される。となれば、することは一つしかなかった。
「なんやおまえ! こんなとこにいてたんかーーーーーー!」
 不自然なぐらい明るく大声で叫びつつ、がっしと正親が少女をつかまえる。
「しゃあないなあ、迷ったら電話せえて言うてたろ? あ? ハラ減った? よっしゃ! 兄ちゃんがうまいもん食わしたる!」
 ばん、と思い切り良く両肩を支えられ、近くの店に連れ込まれた少女はおどろきのあまり涙も引っ込んだ様子だった。咄嗟に飛び込んだ店の奥の座敷へ陣取り、しっかりと襖を閉めてしまったところで。脱力。
 少女はまだぽかんとしている。はぁー、と長い息を吐いた正親にしてみればそんなことは気にしていられない。とりあえずまずい状況は切り抜けた。今は。
「ブタ玉ふたつー。……なんや、食うやろ?」
 きょとんとした顔の少女は何も言わなかったが、きゅう、と彼女のおなかがこれ以上ない明確な答えを返した。

 じゅうじゅう。目の前の鉄板から美味しそうなにおいが漂ってくる。焼きあがったお好み焼きを熱そうにほお張る少女には、既にさっきの悲壮さはなかった。
「ようするに、お前は転入生なんやな? んで、学校いこうにも新居から行くんははじめて。道に迷って、ハラへって、もうどうしょうもなくなったとこに都合よくおんなしガッコの鞄持ったオレが通りかかった。と」
「むう」
 こっくり。ハムスターのように頬を膨らませたまま、少女が答える。悲壮さが消えた代わりに、どことなく幸せそうに見えた。
「あーそうかい。ガッコーそこの道、店出て左にまーーっすぐやで。ここまで来てなんで迷えるかわからんわ」
「ふぐっ!?」
 驚いたらしかった。どん、と少女の前に茶を入れた湯飲みを置くと、ありがたそうにそれを啜る。
「お前なぁ、声かけるにしてももーちょいヒト選べや。まわりにヒトよさそーなオバちゃんいっぱいいてたやん」
 そう言うと何故か照れたようにえへへ、と彼女は笑い、急に改まったように頭を下げた。
「きゅうに泣き出しちゃって、ごめんなさい。美味しいお店につれてきてくれてありがとー」
「あぁ、まあ。ええけど」
 少しも苛立ちを覚えていなかったと言えば嘘になる、しかしそうやって頭を下げられてしまうと、とたん慌てたように正親は目の前で手を振った。
「あたし、葉月千春」
「大木正親」
 さっ、と差し出された小さな手を反射的に握って、やはり反射的に名乗り返してから、彼はなんともいえない表情になった。どうしてこんな流れになっているんだろうという、思えば正当な疑問である。
「まさちかくん? どういう字で書くの?」
 くり、と首を捻る様子はまるきり幼子のもので、どうにも反応に困る。正しいに親、と捻りも何もなく答え返してから、正親も昼食の最後の一口をほお張った。
「まさちかくん。まさちかくんは、学校行かないの? ひょっとして、具合悪くてかえるところ?」
 今度は満足したように名前を繰り返してから、心配そうに千晴が訊いた。ころころとよく表情が変わることだ。
 病人がトレーナーにジーンズで商店街闊歩するかい、と心中でひとりつっこみを入れつつ、うんにゃと気のない返答を返す。
「ちょっとうんざりしとるとこ。しばらくいかんでええわー」
 素直に答えてしまうのは、どうも毒気を抜かれるからだ。少女の小さな体と黒目がちな大きな瞳、よく動く表情と大きなアクションはどう見ても同年代とは思えない。納得がいかない。と正親も軽く首を捻った。
「ね、ね、ガッコ連れてって」
 くいくい、といつの間にか近くへよってきていた少女が、また服の裾をひっぱる。
「はァ?」
「あたし、学校の中でも迷いそうなの」
 妙に自信たっぷりに言い切られ、先ほど少女が語った「迷い道」の道筋を思い出して軽く目眩がした。否定できない。もしかしたら店を出るなり反対方向へ走り出すかもしれない。
 外見に見合わず、といえば彼もその部類だ。知らない街を歩けば人が避けていくようなプレッシャーを持っているが、正親はそのへんの中高生よりもよっぽど面倒見が良い。(外見のみとはいえ)小さい子ども相手となれば、なおさらだ。
 少女がそんなことを知っている筈もなかったが、彼はこんな話を聞いて千晴を放っておける人間ではなかったのだ。
 もし、少女がそこまで屈託ない信頼を会ったばかりの正親に寄せていなければ話は違ったかもしれない。少しでも彼を警戒していれば、彼は逆に気を使って千晴によりつかなかっただろう。
「ね、まさちかくんっ」
「…………あーーーもう、しゃあない。乗りかかった船や」
 ぱっと輝いた彼女の表情とありがとうの言葉に、正親は知らず、久しく覚えなかったこそばゆいような充足感を得ていた。

 そして教室のドアが開く。ざわりと生徒たちがどよめき、教師も一瞬驚いたようにそちらを眺めた。
 不覚にもあんぐりと顎を落としそうになって、さやは呆然ときまり悪そうな顔を見つめた。
「ありがとー、まさちかくん!」
「……ほなオレ、帰るからな」
 しっかと袖を捕らえた千晴の手を払い、正親は焦ったように廊下を走り去ってゆく。一瞬静まり返ってからどよめいた教室に、よくわかっていない顔をしたちびっこが一人。ちょこんと足を踏み入れた。
「……えーと、きみは?」
 同じくあっけにとられていた教師が尋ねると、彼女は満面の笑みでそれに応えた。
「はじめまして! 今日からこのクラスでお世話になります。葉月千晴です」
 元気に挨拶した千晴を見、空の机越しに窓を見れば走るようにして校庭を横切る背の高い後姿が見える、さやは目眩のするような思いでその小さな転校生を見つめた。
 思えばこの時から、彼女はその本領を発揮していたのだ。何ヶ月も教室に姿を現さなかった彼を、いとも簡単にひっぱりこんでしまったのだから。
 無邪気に笑うちいさな女の子は、そんなことを微塵も思わせずにそこに佇んでいた。
 彼女だけが事情を知らない、波乱万丈のファースト・コンタクト。
 こうして彼女は、まさしく天災のように突如としてここに現れたのだ。
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【2006/01/16 02:17】 | あれはきみの星 | トラックバック(0) | コメント(1)
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コメント
長々とコメントを残すのもアレなので、まずは読ませていただきましたのご報告を。可愛い女の子を書くのが相変わらずうまいですね……!
【2005/12/09 03:10】 URL | モリタ #X5XodAgg[ 編集]
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