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8月31日
 少し過ごしやすくなってきた気温を肌に感じながら、フローリングの床に寝転ぶ。


 もうじき日付が変わろうかという時刻では、窓を開けても聞こえてくる音は限られてくる。
 隣の部屋から聞こえてくる芸人の声を聞くともなしに聞きながら、彼女は細く長く息を吐いた。
 おおかたは、従兄弟たちがバラエティー番組でも眺めているのだろう。
 そんなことを思った瞬間、自分の喉からぐえ、という声が漏れる。
 のっそりと胸に這い上がってきたのは、家を借りて半年。気侭な彼女の一人暮らしへの最初の闖入者だった。
「こ、こらっ」
 苦しげに異議を申し立てようが当の相手は知らん振りで、饅頭のように膨れた体をきっちりと彼女の胸の上に乗せている。
 狸のような体格をしているが、頭だけ異様に小さい。やたらと美しい三毛の毛皮を纏った生物は、長い尻尾をぱたりと一回振って、にゃあ。と鳴いた。
「……その体格で猫気取りしてるつもり? 生意気っ」
 ふん、と鼻を鳴らし、さもうざったそうに仰向けに伸ばしていた体を横にする。
 彼女がマルと呼んでいる三毛猫は(丸いからマルというのはあまりに単純な理由ではなかろうか)、淡い緑の瞳を尖らせて敷布団が動いたことに文句を述べ立てた。
 沈黙でこれに応じ、窓を向いてまたぼんやりとする。
 彼女がこの家を借りることに決めた理由の一つに、田舎だということがあった。
 見渡す限り、昭和の臭いがたちこめている。
 古い民家か空き地、畑や小さな個人商店しかないご近所は、四季折々の日本の風景を濃く残している。
 そのやわらかな空気に身を浸すのが、幼い頃からの彼女の地味な夢だった。
 遠くの方を、一台の車が走り去る。静かなエンジン音がした。
 それが去ってしまえば、残るのは隣の空き地で背の高い草が擦れ合う音と、吹き抜ける風、そして秋の虫が奏でる音楽だけだ。
 風呂上りの髪をなぶる涼やかな風に、深呼吸を一つ。
「あぁ~もう! やんなるよぉーもぉーっ」
 彼女がなによりも愛する静寂を、まだいとけなさの残る少女の声が横断した。
 いや、叩き潰されたとか引き裂かれたとか言った方がいいかもしれない。
 なんとなく拍子抜けしながら、灯の点いた廊下に視線を転ずる。
 騒々しい足音と共に、階段を降りきった位置にまだ少女めいた従妹の顔が覗く。
「お姉ちゃん、ねえちょっと手伝って! まだあと3教科もあるのー!」
 少女めいたというか、実際問題まだ小学生なのだから仕方ない。毛先の色が少しだけ抜けた、ボリュームのあるツインテールが印象的な従妹は、幼い顔を情けなく歪めて彼女に嘆願した。
 さして大げさでもなく呆れた顔を作って、彼女はぼそぼそとぼやく。
「あんたね、宿題終わらせてこっちに来たって言ってなかったっけ?」
「終わったと思ったらまだあったんだもんっ。ねえ美術なら得意でしょ? シャーペンで薄くバーってかいてくれるだけでいいからさあ」
「馬鹿、あたしが描くんじゃあんたの絵じゃないでしょ。自分でやらなきゃ宿題の意味がないんだよ」
「だぁってぇ~~!」
 顔をくしゃくしゃにして、今にも泣きそうにされては決まりが悪い。呆れ半分に残りの教科を問いただすと、理科と算数が残っているという。
「仕方ないなぁ。じゃあ……」
「手伝ってくれるの!?」
 ぱっと明るくなった従妹の表情をげんなりと眺めながら、面倒そうに立ち上がる。
「違う。あんたがするの。算数はヒントくらいあげるから、今から星座の観察いくよ」
 えぇ~~っ!
 大げさに不服の声をあげる従妹の頭を軽く叩き、居間に向かって声をかける。
「カズマぁ、姉ちゃんたち出かけるよ。あんたは」
 細く開いた襖をゆっくり引き、金茶の頭がひょっこりと覗く。
 薄目をあいたような細い目の少年が、体を斜めにしながらこちらへ向いた。
「姉ぇ、どこ行くの」
「マアヤの宿題。星見に行くの。テレビより面白いよ」
 ふうん、と気のなさそうな返事をした従弟を置いて出ようとすると、意外なことに少年はそのまま立ち上がってついてくる。
「こら」
「なんだよ」
「テレビ消して」
 一瞬嫌そうな顔をした少年は、しかし大人しく部屋へ引き返していった。
 口をとんがらせたままの少女の手を引いて、一足先に家を出る。
「ねぇ、怖いよォー」
 いやいやをする少女の頭をなぜ、怖くないよと囁く。
 都会の明々とした電灯よりも、星の光はずっと優しい。
 からりと音を立てて家から出てきた従弟を見、そのまま歩き出す。
「お兄ちゃん、手ぇつないで!」
 しっかりと彼女の手を握ったままで、少女がねだる。少年はどうでもよさそうに片手を少女にくれてやり、三人並ぶ形で歩き出した。
 ざぁ。
 存分に草原を巡った風が、湿った髪を、服を、頬を薙いでゆく。
 目を細める彼女を、少女が不安げに見上げる。
「お姉ちゃん、怖くないの?」
「なにが」
「だってここ、まっくらだよ」
「まっくらじゃないよ、マアヤの顔が見えるでしょ」
 言われてはじめて気付いたように、少女は何度もまばたきをする。
「だからニンジン食えっていうの。夜に目が見えないんじゃトリと一緒だよ」
「フクロウさんは?」
「フクロウは、そりゃ違うけど」
「じゃあ、マアヤちがうもん」
 鳥より自分を貶めて何が楽しいのか。思わず溜息をつきかけた彼女の耳に、押し殺した笑いの気配が伝わった。
「お兄ちゃん、なんで笑うのー!?」
「なんでもねえよ、バーカ」
「バカじゃないもん! アホカズマ!」
 賑やかな兄弟の声に今度こそ溜息をついて、足を止める。
 暫くやいやいと騒いでいた二人も、やがてはしんと黙って彼女を見た。
「……お姉ちゃん、怒った?」
「違うよ。着いたの」
 ほら、と言って指差した先には地面の終わりがあった。
 山の端が削れて崖になった場所だ。下は岩場になっていて、なかなかがっしりしている。
 そしてなにより、そこからは世界を一望できた。
 少女が感嘆の声を上げ、そろそろと山の端に近づく。
 紺青を裂くように、天と地とに白い光点が散っている。
 上下感覚を無くすような、静かな景色。
 そこは、彼女のお気に入りの場所だった。
 しげしげと景色に見入り、思い出したように星座盤を取り上げる少女を見つめていた彼女に、ふと声が掛けられる。
「ここ、描いてたよな」
 片手を開放された少年が、紺青の景色を眺めながらぼそりと漏らしていた。
「あれ、知ってたんだ。あたしの絵」
「知ってるよ」
 それだけを言って、また押し黙る。
 少年の耳にも、銀色のピアスが、薄い光に白く浮かび上がっていた。
 いかにも今様に属す金茶の髪も、短い眉も、穴だらけの耳も、数年前に会った時は彼女に近い生まれたままの姿だった。
 彼女の気侭な一人暮らしを乱す二番目の闖入者たちを見つめる。
 久しく覚えぬ、賑やかな夏だった。
 小さな妹の耳に届かぬように、少年はそっと囁く。
「なぁ。姉ぇも、こんな時あったのか」
 こんな時、の察するところを汲み取って、彼女は肯定とも否定とも取れる音で低くうめいた。
 少年は、そっか。と小さく言って、また妹の背中を見つめていた。
 何か言った方がいいのか。言葉を模索しても出てこない。
 自分の性質を疎ましく思いながら、彼女は言葉にならない音を口のなかで転がした。
「何唸ってんだよ。猫みてえ」
 と、また、声もなく少年が笑う。
 そしてふと笑いが絶えた瞬間に、少年は苦く呟いた。
「どうなるんだろな、俺ら」
「……あたしが知るわけないでしょ」
 だよな、と言って。一つ違いの従弟はひどく遠い目をした。
「美雪」
 ふいに呼ばれて、息が止まった。
「こらっ、姉ぇでしょ」
「この夏、楽しかったよ」
 さんきゅな。と、彼女の言葉を無視して短く結ぶ。

 夏休みが、終わる。
 少年少女は、親元へ帰る。
 帰って、ばらばらに父母について、ゆくらしい。
 両者ともに健康な親の離婚。子供は一人ずつ。
 まあ、順当なところだろう。
 彼女は複雑な思いで俯いた。
 彼女の場合、準備期間があったからいい。
 母の顔はろくに覚えず、父も数日置きに帰ってくるのが当たり前の日が続いていたから。
 そして今も、どうにか自分の好きなことで、自分の好きなように生活することができているから。
 だが、彼らは。

 紺青の静寂が、全てを呑み込む。

 そして何事もなく、滞りもなく。
 夏休みは、終わった。

 一人、アトリエに篭もって筆を払う彼女の足に、艶やかな毛並みが触れた。
 一時休止とばかり椅子に腰掛けて、その毛並みを撫でる。
「マル、お前よくこんなとこ入ってくるね。猫は嫌がるんじゃないの?」
 あ、お前猫じゃないのか。と皮肉って、マルの顎の下を人差し指で掻いた。
 完成間近のキャンバスを見つめながら、絵の具の色を整える。
 あの二人は、今いったいどうしているのだろう。
 帰ってきた静かな日常は、彼女を溶かすようにしっとりと身に馴染んだけれど。
「らしくないかなあ」
 キャンバスを見つめて、ぼやく。彼女の専門は、この世のものでないような真実味のある風景だ。
 カレンダーの日付にちらりと目をやって、彼女は短い溜息と共に立ち上がった。
「らしくないよね。これは売れないか。しゃあない、できたら送りつけよう」
 白い絵の具でぞんざいに絵の端に日付を刻む。そこは本来サインやタイトルを入れる位置だったが、そのサインが一番、そこにしっくりくる気がした。

 やがて、少年の元に一つの小包が届く。
 包み紙を取り払ったキャンバスの中には、紺青の闇と星の波。
 星の波間に揺蕩うように、三つの白い影が踊っていた。


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 熾堂にお題をもらって突発短編。
 色々と詰め込みすぎ。結局後半が説明になってしまう。要修正。
 客観視できるようになったころ少し書き換えます。
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【2006/09/01 16:29】 | 短編、他 | トラックバック(0) | コメント(0)
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    そんな感じの修行中字書きです。

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