スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告
-1-     邂逅
 けたたましい音を立てながら、険しい岩山を鎧竜が駆ける。幌馬車を引くその竜は岩肌をたやすく抉りとりながら、老たけた御者の鞭に従って進んだ。
 御者は満足げにその様子を眺め、うかがうように堅い外殻へ鞭を当ててから前方に向けて木の実を放った。竜は巧みに口でうけて、美味そうにその赤い実を食む。
 しばらく竜の様子を眺めていた御者は、ふと思いついたようにいくつかの木の実を荷物から掴み出し、幌の中へと無遠慮に手を突き入れた。
「お客さん、じきにカルティエだよ。水ぐらいどうかね」
 車輪の音にまぎれて布ずれの音が聞こえる。若い客が身を起こしたところまで、その仕事がながい彼には手にとるようにわかった。
「あとどのぐらいだ」
 手のひらから木の実の感触が消え、代わりに細い指とひらたい硬貨の感触が触れる。さも面倒そうにそれを突っ返しながら、あと半刻。と御者は答えた。もののついでに、旅の道中ずっと持ち続けてきた疑問を口にする。
「あんなところの一体だれに用だね。あんた、研究者さんみたいだが。面白いものでもあるのかい」
 暫し考えるような間があいて、薬草の研究。と客は答えた。
 客は高くも低くもない、よく通る声なのにも関わらず。「ぼそぼそ」という表記がぴったりきそうな喋りかたをした。近くにいるはずなのに遠くの人間の声を聞いているようで、なんとも不思議な印象をうけた。
「へえ。ああ、そういえばあすこには最近ずいぶんと若いお医者先生がいるらしいからな。その先生に御用かい?」
 今度は大分の間を空けて、客はそうだとだけ呟いた。やれやれと首を振って、御者は鞭を振るうことに専念する。
 この変わった客と出会ったのは、シッダという砂漠の街だった。
 御者がその街で基点としていたさびれた酒場に、客の男はふらりと現れたのだ。「ふらりと現れた」。正にそんな言い様しかないように。

 ぱちぱちと薪のはぜる音を聞きながら、御者は長い付き合いのある酒場の主人と飲み交わしていた。
外は三日月の冴える深い闇で、頼りになるのは店のそこここに吊られたランタンと、夜の暖としてつくられた焚き火の灯だけ。
 なにげなく、二人の会話が途切れた。その瞬間を見計らったかのように、視界の端に白が滲んだ。
 白。この闇の中いやに強く見える色を視線で追うと、細長い人の指が入口に絡みついている。見ている間にもその白はするすると輪郭を増し、腕、肩、顔や体がぼうっと灯に浮かびあがっていった。そう。余りに生白い肌の色をしていてわからなかったが、それは間違いなく人間の姿をしていたのだ。
 すんでのところで悲鳴をのみこむ二人の前に、さして遠慮もない足どりで男は歩みよってきた。いや、雰囲気に呑まれてしまいそうになるが、まだ少年と形容していい年齢だ。前髪だけが邪魔そうなまっ黒な髪と、細い柳眉。目尻はすっと切れあがり、鋭い様相をしていた。
 この国では禁忌の色とされている漆黒の瞳を瞬かせ、人形のように動かない表情から妙に聞き取りづらい声が発せられる。
「カルティエまで行きたい。幌に乗せてくれそうな男がこの店にいると聞いてきたんだが、お前か?」
 予想していたよりもずっと滑らかな喋り口に、若干二人の緊張が解けた。
「ああ、そりゃ俺のことだが……おまえさん、用向きはなんだ」
 御者が客に訊ねるものはひとつ、目的だけ。どんな場所であろうともそれが人と会う約束。またはそのためだというのならば運んでやるというのが、御者がこの20余年貫き通してきた信条だった。
 果たして男は、暫く黙って。何故か少し眉根を寄せてから「人と会う」とだけ言った。
 あまりに規定どおりの答えだったので、誰かから話を聞いたのかといぶかしんで訊ね返す。すると男はなんのことだとわからないらしく、不思議そうに瞬いて。
「いいや。人と会うのは本当だ。あまり気は進まないがこっちも仕事なんで仕方ない」と身も蓋も無い答えを返した。更には重ねて「乗せてもらえないなら他を当たるんだが、どっちなんだ」と訊き返されては、御者の返事は「諾」しか無かった。
 禁忌の四色。黒・紫・赤・銀は魔物がよく纏う色だとされている。逆に善きものが纏う聖色の四色は白・緑・青・金。
 それらはここ十数年の間にナギ大陸全土に広まった新興宗教「神流」(カルラ)によって布教されたものだったが、今では広く信仰されている。
 禁色を纏う人々はただそれだけで虐げられ、住む土地を追われる。命をあつかう職業や神に仕える職業にも就くことは認められず、逆に聖色を纏う人々にはそれが推奨された。
 ただし、禁忌の色を持っていても虐げられない場合がある。御者達が客を受け入れたのも、その理由だ。
 魔術師や錬金術師。また学問に通ずる職業に求められることは、いかに多くの知識を得られるか、いかに多くの功績を上げられるかにつきる。それらは魔に通ずるとされ、逆にそうした世界では禁色が尊ばれた。
 目の前にいる客は黒い服の上に真っ白な白衣を重ね、腕にはナギ魔術研究師連盟の腕章をつけていた。どう年かさに見てもせいぜい17から18。かなり若くはあるが、現地におもむく研究師ならばそれも頷ける。

 回想を終えたころ、目の前にはひらけた大地が広がっていた。右手側を遠く見下ろせば熱砂うずまく砂漠が見え、左手側を見れば目的地のカルティエが沈む森が見渡せた。
 あとひと走りだとわかったのか、竜も自然とスピードを上げる。
 物騒なこの世のなか、無事に目的地までやってきた安堵に御者はほっと息をつく。しかしいま思えば本当に奇妙な客だったと、同時に心中で呟いた。
 幌馬車に乗せてからというもの、ひそりとも物音を立てず毛布にくるまっているようだったし、御者が食料の買いたしや摂取に努める時間も男が何かを食べているさまを見たことはなかった。
 小さいながら荷物を持っていたからまるきり何も食べていないということはないのだろうが、どうにも人間味が感じられず、気味が悪かったのは確かだ。
「ほらよ、着いたぜ」
 声をかけるより先に、体重を感じさせない身軽さで彼は幌から飛び降りていた。
「世話になった」と短く言い捨て、御者が受けとりやすいフォームで小さな皮袋を投げてよこす。そこには充分運賃に足るだけの金貨が入っていた。
 モノクロームの世界から抜け出てきたかのような客が街中へまぎれてしまうまで、御者はどこか釈然としないままそのうしろすがたを見送っていた。

 いくら森林があるとはいえ、やはりこれだけ砂漠が近ければまだ潤っているとはいえない。水分の少ない土が足の下で擦れて音をたてた。
 それを確かめるように足元へ視線をやって、乗客だった男はざりざりとなおも砂を踏みにじりながら歩く。
 さて。 区切りを付けるように顔を上げて、彼は心中で一人ごちた。なるべく負担がかからぬよう気をつかってはいたが、長く馬車に揺られていた体はやはり節々が強張ってしまっている。
 雑踏の中では他とまぎれていた足音は、男が小路に入っていくとともに小さくなってゆく。壁に背を預けて静かにあたりへ首を巡らせ、色素の薄い唇からそっと息が漏れた。
 旅の道中、奴らの側に動きを掴まれた気配はない。
       そして今も、まだ大丈夫だ。飽くまでも今は、という話だが。どちらにせよ事は早く進めるべき段階にあった。
 男は明晰そうな瞳を巡らせて、先ほどまでとは鋭さの異なる歩調で目標の建物へと進路を変えた。村はずれの教会からは、楽しそうに子供のはしゃぐ声が聞こえてくる。

「スオン、ぼくもぼくもっ!」
 期待に熱っぽく瞳を輝かせていたちいさな男の子は、次の瞬間たからかに歓声をあげながら空へと抱え上げられた。
「そーら、あっ。こらバク! 順番だぞ順番。元のとこ戻ってー」
 きゃいきゃいと黄色い声をあげて群がる子ども達を、輪の中心にいる少年が次々に軽く放りあげてゆく。前髪が異様に長くその瞳はまったく見えないが、通った鼻筋やきれいな口元からも相当ととのった顔立ちである事が想像できる。腰上まである真っ白な髪は日光に透けてきらきらと輝き、残光を跳ね返していた。
 年のころは14、5といったところだろうか。子供の相手をして歳相応に緩んでいた目元が、何を察したのかさっと強張った。次の瞬間少年は放り上げていた子供を片手で抱きかかえると同時、もう片方の腕で素早く顔をかばった。
 ぱしっ。乾いた音をたてて少年の手のひらに赤い果実が収まる。
「ほう、その髪でよく見えたものだな」
 木陰から届いた涼やかな声に、素早く少年が顔を向けた。
「誰だ!」
 驚く子どもを背後にかばって、鋭い怒声を投げつける。滲むように光の中へ現れたモノトーンの男は、日差しの強さに眉をしかめながら一言だけ名乗った。
「ティム・フェロー」
 腕につけた腕章を軽く引いて示し、連盟から派遣された研究者だ。と続ける。
 互いに顔を確認しあった二人は、なぜか数秒間そのまま相手の顔を凝視した。男の無礼がどうとかいう問題だけでなく、そう、それは既視感だった。いま初めて会ったはずなのにまるで十年来の友人にでも再会したような、奇妙な違和感が二人の合間を漂う。
 正気に戻ったのはティムの方が先で、すぐさま少年へ次の言葉を投げつける。
「スオン・マーラ医師だな。あなたの用いる薬はよく効くと評判だ。正規の薬とどういった違いがあるのか調べさせていただきたく出向いてきた」
 慇懃に告げる男を前髪の下から睨み据え、少年は真一文字に結んでいた唇をゆっくりとほどいた。ティムへ向けて放つ威圧はそのままに、やわらかに笑って子供達に向きなおる。
「悪い、ちょっとお客さん来ちゃったわ。みんな遊ぶの、また今度な」
「えー」「そんなぁー」と不平不満をのべたてる子ども達をなだめすかして、歳若い医師は次の遊び場へと駆け去る小さな背中を見送った。
 名残惜しげに子ども達を見送り、背後の男へ向きなおった途端、表情から笑みはかき消えている。男が口にしたような要件でたずねて来たのではないことは、さきほどほんの微量に放たれた闘志が物語っていた。
 無言で男に背を向け、市街地の方へと歩き出す。白衣をはためかせながら、ティムと名乗った男も当然のようについてきた。
 スオンが入っていったのは、先ほどの教会よりもさらに小さな建物だった。質素なつくりの部屋には所狭しと薬草が吊られ、瓶や粉末が置かれている。
「品揃えがいいな。薬草から毒草。ああ、染め粉もあった」
 素人にはどれも同じに見えるだろうそれをざっと見渡しただけで呟いたティムに、スオンは苦りきった気持ちで舌打ちをこらえた。
「フェローどの、近頃都ではああいった挨拶がはやっているんですか? あまりよい印象は受けませんね」
「いいや。単に感心してな。よくそれで前が見えるものだ。もっとも、死角から投げたものにまで反応するとは驚いたが」
 明らかに棘を含んだ皮肉を、さらに棘でくるんで返されて、たちまち屋内に緊張が走る。
「……あなたは、何が言いたいんですか」
「お前が思っている通りのことだ、マーラ。連盟があちこちの戦場に繰り出していることぐらい知っているだろう?」
 違う名前で呼んでやろうか。落とした声が囁いた途端、弾かれたようにスオンが動いた。ポケットに仕込んでいたらしい細身のナイフを、驚くほど無駄のない動作でティムの首筋へ穿つ。
「早まるな。俺はお前を捕らえるつもりも復讐だのとふぬけた事をほざくつもりもない」
 しかし、驚愕に目を見開いたのはスオンの方だった。柳のような腕があまりにも容易くナイフの軌道を逸らし、依然としてティムは無傷のままそこに立っている。
 二撃目へ動いていたスオンは、しかし今度こそその動きを止めることになった。ふっと目の前に現れた指に鼻先を弾かれた途端、足下の地面が消失したのだ。状況を把握しきれないまま、ぽっかりと暗く口を開けた奈落へと体が吸い込まれてゆく。いきなりの喪失感。無重力に晒される体は、一瞬の内に本能的な恐怖を揺り起こされた。
「う、うわぁああぁっ!?」
 悲鳴と共に跳ねあげた腕を誰かに掴まれて、スオンは奈落の底から引き戻された。息を荒げ、噴きだした汗に服を濡らしながら目の前にある地面を呆然と見詰める。そんな彼の様子には構わずに、眼前の男は自分のペースをつらぬいた。
「スオン・マーラ。本名はサタン・ロイヤだな。いや、『死神(デス・サタン)』と呼んだ方がいいか? 大人しく話を聞け。いままでお前がやりあってきたような木偶と一緒にされては困る」
 平坦な声に淡々と真実を暴き出され、サタンは呆然とティムを見遣る。
「いいか、聞け」
 瞳孔と瞳の色の区別も付かないような暗い瞳が、しっかりと念を押した。
「要求は一つ、俺に同行してきてもらう。詳しい話は道中にしよう。ただこれだけは言っておく。お前がここを発ったほうがこの街の人間に危害は及ばない」
 脅迫するようにうそぶいて、ティムは白衣を翻した。理不尽なまでの唐突さに、話についていけないサタンは唖然とするばかりだ。
「え、ちょっ……待てよ!」
 動揺を包み隠さず、相手の胸倉を掴み上げる。
「それで納得すると思ってんのか。ちゃんと説明しろよ! ちびどもに何かしたらただじゃ」
「それどころじゃないぞ。来た」
 サタンの抗議をまるきり無視する形で、ティムはその手を払いのけた。表に飛び出したティムの背中を追うように外に飛び出て、更に彼は驚嘆することになる。
 ついさっきまで眩しいほど晴れあがっていた空に、雷雲すらともなう黒雲がたちこめている。絶句するサタンをよそに、ティムは少年の袖を取って走り出した。
「あれの狙いはお前だ。いいか、ここを救いたければ脇目もふらず逃げろ」
 今の発言からすると、この男は事情を知っていることになる。男の言葉と疑心との間でせめぎ合いながら、やけになってサタンは駆けた。ティムの腕を振り払い、恐るべき速度でがむしゃらに走る。
 風のように駆け去る彼の目に、黒雲から放たれる光が映った。しかも、雷のような光ではない。赤く尾を引いてたなびくそれは見まごうことなき紅蓮の炎だった。
「……っ……!?」
 声なき悲鳴を上げて彼がその足を止めても、炎は留まる所を知らず次々と落下してくる。町全体が恐慌に陥るのに、それほど時間はかからなかった。
 折りよく降り始めた雨が、炎の勢いを食い止めている。消火に戻ろうとするサタンの耳には、恐怖と痛みに逃げ惑う人々の声が小さく聞こえた。
「行け!」
 そのなかで、一際力強い声が鼓膜を打つ。
「お前……頼むから説明してくれ! なんなんだよあれは!?」
「あれは魔物の一種だ! お前の魔力に含まれる波長に寄せられてきた可能性がある。俺はお前の保護と調査のために送られてきたんだ。わかったらさっさと逃げろ!」
 話している合間にも黒雲は近づき、今にも触れそうな位置まで降りてきていた。かと思えば急速にそれが収束してゆき、ずんぐりとした不恰好な人型をとる。
 人型。そう言うには障りがあるかもしれない。それは荒い息をつき、獰猛に爪や牙をうごめかせながら辺りを睥睨していたからだ。まっ黒な体の中、鮮烈な赤の瞳だけがぎらぎらと異様な輝きを放っている。
 ざし、化け物の足が砂を踏みしめた。実体がある。それを確認した途端に、サタンの動きが変わった。飛び掛ってきた黒い化け物を蹴り除けて、左耳から小さなピアスをその手に握りこむ。
 するとたちどころに銀の輝きがサタンの手の平を零れ、瞬きの合間に容積を増した銀色はすんなりとした棍を形作った。荒々しい風を裂く音とともに、棍は黒い化け物を襲う。不意に反撃を返された化け物は片目を潰され、この世のものとは思えない恐ろしげな咆哮を轟かせる。
 轟と音を立てて、化け物の放った炎がサタンの横を滑ってゆく。
『動クナ』
 独特な発声で厳しい声が放たれた途端、びくりと痙攣して化け物の動きが止まった。
「眷属の縛りにおいて光をこれへ。サタン、棍でなく刃物で切り裂け」
 不思議なきらめきを帯びた棍を掴みなおし、サタンは棍から鎌へと姿を変えた自らの武器で目の前の化け物を斬り伏せた。
 化け物の物悲しい悲鳴が空気を揺らし、崩れおちた獣の姿はたちどころに霧散した。
 ざぁ。静けさを強調するように、雨粒が大地を叩く。
「今のが、魔物……」
 戦闘よりも恐怖と驚愕で大きく息をつきながら、呆然と少年が呟いた。軽々と掴み上げた大鎌には返り血一つ残っていない。なにもなくなったその場所には、ただ雨が降り注ぐだけだった。
「……っ……街が!」
 慌てて駆け去ろうとする少年の前に、白衣に覆われた腕が伸びる。さきほどの戦闘では補助をしてくれた相手が、そこに立ちはだかっていた。
「その髪で出て行くつもりか? 戻って何を言うことがある」
 何のことだか解らなかったのは一瞬だけだ。白かったサタンの髪は染料が落ちて本来の銀の輝きを取り戻しており、今から街へ駆け戻っても諸悪の根源としてつるし上げられるのは目に見えている。
「サタン・ロイヤ。戦場でのまたの名を『死神』に『亡霊(ファントム)』。お前が姿を眩まして以来、当局ではお前を探していた。今度こそ同行してもらう」
「放っておけっていうのか!? 俺のせいであそこは襲われたんだろうが!」
「街はいずれ復興する。今お前が行っても余計に混乱させ、街人の恐怖を煽るだけだ。そして同行すれば」
 雨音が強まり、それに併せて眼前の男……ティムも声をはりあげた。
「同行すれば、エース・ロイヤ。お前の兄に会わせてやる」
 まるで神託であるかのように強く、厳かに放たれた言葉は、サタンに衝撃を与えるに十分なものだった。
 突如食らいつくように刃をティムの首筋に押し当て、相手を噛み殺しそうな目つきで至近距離から睨み据える。薄暗い空の下、前髪の間から垣間見える瞳は先ほどの化け物にも似た鮮やかな血の赤を宿していた。
「エースを知ってるのか」
 声変わりも終わっていない、いっそ可愛らしい少年の声音が地の底から唸るように言葉を紡ぐ。
「答えろ、エースを知ってるのか? あいつはどこにいる」
 声量こそは抑えてあったが、みなぎる気迫は今にも薄い皮膚を押し破りそうな様相を湛えている。そんなサタンの様子も意に介さず、ティムはただ淡々と言葉を発した。
「場所は教えない。教えればお前は一人で行こうとするだろう。俺にも事情があってな、それは困るんだ……ただ、健康であるという事は言っておこう。誰に何を強要されるでもなく、自分が望むように生活して、そして」
 お前を待っている。と、そう彼は言った。同時に差し出された小さなお守りを見、サタンは水溜りの中に膝を落とした。
 首筋から離れた鎌が濡れた地面に落下して金属的な音を立てる。
「神よ」
 汚れも気にせず跪いたまま、今にも泣き出しそうな声がサタンの口から漏れた。
 ひったくるように手にした木製のお守りを祈るように顔の前で握りこみ、体は小刻みに震えてさえいた。
「感謝します……ありがとう。神よ、感謝します……!」
 それはおそらく、少年が生涯で初めて心から神に祈った瞬間だった。
 喜びにむせび泣く少年を無感情に見つめながら、しかしそれでもモノトーンの男は。彼が自分の足で立ち上がるまで何も言わずそこに立っていた。
 様々な木の枝を削って作るお守りは、小さい頃から彼の兄が得意とするものだった。枝の種類や削り取る形で意味がことなり、懐かしい彫りが描くのはトネリコの枝を削って大樹のモチーフを作ったものだ。
 意味するところは、『再会を祈る』。
 それからしばらく、カルティエでは災厄の日に姿を消した医師と研究者の話がさまざまな憶測と共に飛び交ったが、結局医師が見つかる事は無く。
 雨に紛れるように街を後にした二人連れの姿を見たものは ただ、そこに残る闇だけだった。
スポンサーサイト
【2005/09/28 13:00】 | ぎんいろのゆき | トラックバック(0) | コメント(0)
<<改訂メモ2 | ホーム | 改訂メモ>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://tinysong.blog20.fc2.com/tb.php/18-18376b60
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
Cantabile


  のびやかに、歌うように。            タイトルに反してのらくらだらだら

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

カテゴリー

リンク

月別アーカイブ

最近のコメント

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

メロメロパーク

フリーエリア

ハーボット

プロフィール

狩野宿

  • Author:狩野宿
  • 虚言・妄想・戯言・被害妄想が並じゃなく多いです。
    焦ったり面倒がったりまったりしたりしながら語彙と表現力の無さを嘆いています。
    そんな感じの修行中字書きです。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。