スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告
たった、ひとひら。
 彼女はいつも、その小さな身体で想像もつかないような大きなものに立ち向かっている。
 私には、そんなように見えて仕様がなかった。
 嬉しいときには笑い、哀しいときには曇る天気模様のような表情。うっかりそれを表面的に捉えてしまいそうになるが、ほんの時たま。
 辛いときも苦しいときも、彼女は笑ってみせる。
 きっと彼女にとって私すらもが、彼女が守るべき対象なのだろう。
 私にとって彼女が、守るべきかけがえのない存在となっているのと同じように。
 だからこそそういった時、私はどんな表情をしていいのかわからなくなる。
 その小さな胸に秘めた複雑な感情を、一体どうしたら解きほぐせるのか。そればかりを考えてちょこちょこと手や口を出すうちに、彼女はごまかされたようにいつもの笑みを浮かべる。
 私は、それが悔しくて仕様がなかった。

 胸元に体重を預けてくる小さな頭を撫でる。風呂上りの白い髪を梳くと、ふわりと甘い花の香りが散った。
 眠いのか、何か考え事をしているのか。
 綺麗な空色の瞳は半分閉じられていて、私の位置からはあまり表情を捉えることができない。否(いや)、あえて捉えないようにしているのかもしれなかった。
 歳を取ると臆病になる。人の領域に踏み込むことは、その人を傷つけるやもしれないことだ。
 それなのに欲ばかり張って、全ての障害から、総ての辛い過去から、凡ての敵から好いた人を守りたくなってしまう。今すぐに悩みの種を聞き出して、暴いて、それを叩き潰したくなってしまう。
 それは、その人からなにもかもを奪うことに他ならないというのに。
 その人の傷を奪うことは、その人の生きてきた道筋の一部を、大切な記憶を損なうことに他ならないというのに。
 苛々と募る気持ちを表面に出さぬよう、深く煙管を吸う。長く吐き出した紫煙がくゆりながら昇ってゆくのを見つめて、途端に虚しくなった。
 息を吐き出した胸のうちにわだかまるのは重く、暗い思いばかりで。こんな様では冗句の一つも浮かばない。世界の創造主などと言っても実際には大したことができるわけでもなく、好いた女の悩みを前にできることと言えば若い衆と同じくして管を巻くぐらいだ。
 がしがしと乱雑に頭を掻くと、閉じられていた青い瞳がふいにこちらを見上げた。
「……なんだい?」
「……う、ううん」
 私の視線とかち合うと、その目は慌てたようにまた下を向いてしまう。ああ、しまった。随分と長い間黙りこくっていたようだ。
 悔やむより早く私の手が彼女の細いうなじをくすぐり、頓狂な悲鳴を上げて彼女が頭を仰け反らせた。
 殆ど反射的に口角が上がり、余計な言葉を声にのせる。
「なにさ。アタシの顔を見たいならそう言やいいだろうに。見た目にゃ良い目の保養だろ?」
「なっ、ちっ、違うもんっ」
 真っ赤になって反論してくる彼女の口を塞ぐように口付け、くぐもった抗議の声を無視して胸元へ頭を押し付けた。細い腕が何度も胸板を叩いてくるが、本気ではない打撃が幾ばくも痛みを与えるはずもない。
 複雑な目線でそれを見下ろしながら、苦く思う。
 細い腕だ。彼女が負うものに対して細すぎる腕だ。
 小さい拳だ。彼女が立ち向かうものに対して小さすぎる拳だ。
 これまで幾度、この小さな拳で壁を打ち砕き、この細い腕で苦難を乗り越えてきたのだろう。
 これまでも、そしてきっとこれからも。彼女が本当に辛いことに直面したとき、私が側にいられることは無いに等しいだろう。
 ならばせめて精神面ではと思えども、彼女自身の過去から彼女を守る術は。
 諦めたのか、いつの間にか抵抗の止んだ手を緩く握る。ささやかな反抗のつもりか、短い爪をせいいっぱいにたてられた。
「いやね、ちょっとさ。考えてたんだよ」
 知らず、言葉が漏れていた。彼女が拗ねた目つきで見上げてくる。はっきりとこちらを直視されても、表情を作る気力がない。
「近頃アンタの世話になってばっかだろ。なんだか悪いと思ってね」
 驚いたように瞠目して、何か言いかけた彼女を先回るように言葉を継ぐ。
「なのにアンタ、アタシの負担にならないようにって甘えてもくれないじゃないか。これじゃあ不公平だ、爺ちゃん拗ねちまうよ」
「あたし、なんにもしてないよ!」
 本気で焦っているらしい彼女をなだめるように、華奢な背中を繰り返し撫でる。ひどく情けない顔をしている自覚はあってもここまでくれば破れかぶれだ。
「甘えさせてくれたろ」
 古い友人が死んで酷く不安定になったとき。気持ちのよいものではない仕事を終えて帰ってきたとき。強い悪意に害されたとき。
 彼女がここにいてくれただけでどれだけ気持ちが楽になったことだろう。
 ここで芯から自分を想っているのを感じるたび、どれだけ救われる思いがしただろう。彼女から流れ込んでくる驚くほど純粋な好意は、恐らく彼女が思っているよりずっと強く私に影響を及ぼしている。
「え、い、いつ? あったってそんなのもうずっと前のことだよ!?」
 そんないつまでも言わなくていいのに! 何を慌てているんだか、頬っぺたを真っ赤にしてそんなことを言う。
 こちらとしてはいつでも本気で話しているのだが、どうも彼女にはその本音があまり伝わらないらしい。口に出してみても、相手を慌てさせることしかないのならこれは単なる逃げだろう。考えもなしに言葉を紡ぐものではない。
 半端な自分に対する憤りもやり場がない限りその場で霧消してしまう。
 彼女はまだ頬を赤くしたままで、必死に私に対するフォローを紡いでいる。彼女の想いに偽りはない。言葉のひとひらずつが柔らかな感情を伴ってしんしんとわが身に染み入るようだった。
 彼女の想いに偽りはない。私に対するほんの少しの罪悪感さえも。きっとそれは先ほどの言葉で喚起されてしまったものだろう。
 ひっそりと申し訳なく思う私に対し、彼女はまた笑ってみせる。
 こうなってしまうとこれ以上私に成せる術はない。
 ごまかして、笑わせるぐらいしか。
 たまには素直に呟いて、彼女を照れさせるぐらいしか。
 だからまだ何か一生懸命に私を盛り立てようとする彼女を抱きこんで、簡潔に二言だけを呟いた。
「御免よ」
「アリガトね」
 再三、驚いたようにこちらを見上げてくる青い瞳に、眼だけで苦笑を返してもう一度、額に口付ける。
 私に成せることは、そう多くはない。
 だからせめて、彼女が辛いとき苦しいときにふと思い出してもらえる居場所でいたい。
 彼女の眼に写る恐怖がどんな色をしているのかはわからないが、今こうしているときだけは、それから眼をふさいでやることができればいいと思う。
 小さく頷いた彼女に頭をすり寄せると、白い手がぎゅうと背中に巻きついてきた。
「セレン」
 ともすれば聞き漏らしそうな細い声に首を傾ければ、いやに苦しそうな表情をした彼女が縋るようにこちらを見つめている。
「セレンは、死なないよね?」
「今さら何言ってんのかね。ああ、死なないとも」
 死ぬわけには、いかない。そしてあの人がああ言った以上、死ねるわけも、ない。
 そしてなによりその返答で彼女の気持ちが少しでも安らぐと言うのなら。私は彼女に訊ねられる都度、いくらでもその答えを繰り返すだろう。
 それきりほっとしたようにすりよってくる小さな頭をまた撫でながら、彼女に気取られぬよう、そっと細い指に嵌った指輪を握る。
 白金に紫水晶の意匠は故意に自分を模した色。小さな手ごと包み込むように、逢瀬の度ごと祈りをかける。

 願わくば、彼女が挫けるとき決して一人ではなきように。
 願わくば、彼女の打ち砕いた壁が彼女を傷つけることがなきように。
 願わくば、彼女が一人で泣くことがなきように。
 願わくば、彼女が幸せであるように……。

 星の数ほどかけた祈りのうちたった一つでも、どうか彼女を護ることができるように。
 このできそこないの「想いの神」が願うのは。唯それだけのたった、ひとひら。
スポンサーサイト
【2006/06/24 04:08】 | 短編、他 | トラックバック(0) | コメント(0)
<<終われ。 | ホーム | さるところで。>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://tinysong.blog20.fc2.com/tb.php/172-afd409cc
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
Cantabile


  のびやかに、歌うように。            タイトルに反してのらくらだらだら

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

カテゴリー

リンク

月別アーカイブ

最近のコメント

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

メロメロパーク

フリーエリア

ハーボット

プロフィール

狩野宿

  • Author:狩野宿
  • 虚言・妄想・戯言・被害妄想が並じゃなく多いです。
    焦ったり面倒がったりまったりしたりしながら語彙と表現力の無さを嘆いています。
    そんな感じの修行中字書きです。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。