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零、「空白」の終わり
 狂いそうになる。
 時間の感覚をなるべく切り離しながら、神経だけは張り詰めておく。
 この時間から、この空間から一秒でも早く逃げ出したいという焦燥が募る。しかしどれほどその気持ちが募ろうと、俺にそこから抜け出す術はない。
 暗闇だけが視界を埋めるなか、一つとして触れるもののない手足は既に感覚が失せて久しい。
 重力も、風も、光も、音も、においすらもない世界。感覚として捉えられるものが、何一つとしてない。
 もうどれだけの時間ここにいるんだろうか。そもそも、俺という一個人はここに存在しているのだろうか。そんな錯覚すら覚えはじめる。
 俺はこの場所が大嫌いだった。
 ああ、誰か早く俺を呼んでくれ。誰でもいい。どんな小さな諍いでもいい。誰か早く俺に助けを求めてくれ。誰か誰か誰か      
 どれほど祈り続けただろう。
 祈る相手がないものを「祈る」と言っていいのかも知らないが、ともかく俺を取り巻いていた「虚無」の気配がふと、微細に動いた。
「助けて」
 ほんの微かに聴こえた声を全身の神経が絡めとり、はっとしてその方向を探る。
 しかし、それだけだ。その後はなにも、聞こえない。
 嘘だろ、おい。やっと聞こえたんだ。冗談じゃない。
 頼むよ、もう一度呼んでくれ。
 相手に声が届く訳でもなしに、俺は焦りながら何度も何度も呼びかけた。
 暑さも寒さも感じない筈の肌に、薄らと冷や汗が浮かぶ。
 今にも断ち消えそうな感覚を必死で追う間も、ひっきりなしに呼びかける。
 おい、誰だ! 頼む、もう一度呼んでくれ。俺はこんなところにいたくないんだよ!
 「こちら」からの声は届くはずがなかった。相手に聞こえるはずがなかった。
 しかし一体どんな偶然が働いたのか、今の俺に知る由は無いが。とにかくその時、失望しかけた俺の耳に驚いたような女の声が響いた。
「え?」
 捉えた!
 この機を逃す筈がない。しっかりと見極めた空間の継ぎ目を解きほぐす。
「だれ?」
 ヒトの声がした。おそらく俺を呼んだ、さっきの女の声だ。
 暗いだけの空間に、わずかながら光が差し、空気が流れ込んできた。
 しっとりと湿気を含んだ、おそらくは夜の風。埃っぽい土と緑の匂い。湿気た空気が鼻腔をくすぐる。
 風だ! 歓喜に打ち震える思いで、俺は今まで自分を拘束していた忌々しい穴倉から飛び出した。
 足の下に堅い感触。ザアザアと水が地面を叩く音、たちまち俺の身体はずぶぬれになった。雨だ!
 深く深呼吸をする。冷たい空気とほどよい湿気が、心地よく肺を満たした。息をしたのがずいぶん久々なように感じる。なんて素晴らしい。
 あー、たまんねぇ。
「今、どこから……!?」
 呟きが声に出ていたらしく、困惑や不信感も露わな女の声が俺へと放たれた。
 ここでようやく、俺は声の主の方向に顔を巡らせる。
 そうか、こいつか。はじめまして、恩人。
 声の主はまだ少女だった。
 年頃は15、6といったところだろうか。黒い真っ直ぐな髪を背中に流し、利発そうな顔立ちは緊張のためか、少々きつめに引き結ばれていた。
 まだあどけなさの残る雰囲気を、精一杯引き締めているようにも見える。
 肌は白いが決して不健康といった感じでもなく、おそらくこの世界では平凡な情景であろうこんな街角でも、ぱっと目を引く容貌だった。
「よう、はじめまして」
「えっ……」
 やっぱりだ。この声に間違いない。少女は少々驚いた様子で、俺が声をかけるや瞬時に小さく身構えた。
「誰かと会ったらはじめましてだ、姉ちゃん。……あんたが俺を、呼んだんだろ?」
「な、何のこと? あたし、知りません。あなたなんて」
 少女は硬い声で答え、混乱気味に身を引きながら気味悪げに俺のことを眺めた。
 そういえばここの格好とは大分違うようだ。声が聞こえた時からとっさに言葉だけは調節したが、服装までは手がまわらなかった。
 まあ、その辺りは後でもかまわないだろう。逃げ腰になった少女の手を取って、ゆっくりと片膝を折る。
 こちらの道徳観念がどうなっているのかは知れないが、若い娘のことでもある。極力ひかえめにその掌に口付けて、上げた面を真っ直ぐに少女へ向けた。
 そして、決まりきった文句を厳かに献上する。
「召喚者よ、契約を。あなたに助けが必要ならば、きっとお力になりましょう。
 吾(われ)は『救世主』。名前一つで意のままに、あなたの世界をお救いします」
 雨粒が容赦なく四肢を叩く感覚の中で、静寂が満ちる数秒。
 少女はぽかんと口を開けたままそこに立ち尽くしていた。
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【2006/05/28 03:36】 | タイトル未定 | トラックバック(0) | コメント(0)
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  • Author:狩野宿
  • 虚言・妄想・戯言・被害妄想が並じゃなく多いです。
    焦ったり面倒がったりまったりしたりしながら語彙と表現力の無さを嘆いています。
    そんな感じの修行中字書きです。

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