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映画館
 春にしては少しばかり明るい日差しが降る午前11時ごろ、ジルコンは木漏れ日に紛れるようにして、広場のベンチに腰を下ろしていた。
 片手に広げた本から、腕時計に視線を落とす。腕の良い時計屋に磨き上げられた長針は静かに時を刻み、あと5分で約束の時間に差し掛かることを示していた。
 本を見下ろしているうちに乱れてしまったらしい髪を軽く整えて、辺りへ巡らそうとした視線の先にまばゆい桜色が飛び込んでくる。
 照り返しに一瞬だけ眩んだ目をしばたいて、ジルコンは約束の相手に笑顔で手を振る。彼女ももうジルコンの姿に気付いていたらしく、少し小走りにこちらへ近づいてきた。
「遅れちゃって、ごめんなさい!」
 彼女はジルコンの元に辿りつくなり、座ったままの彼に旋毛が見えてしまうほど勢いよく体を折った。
 恐縮そうに見下ろされて、ジルコンの柔和そうに緩んだ顔へもう一度濃く笑みが刻まれる。
「こんにちは。なんだかいつも謝られてる気がするね、別に僕は君をいじめてるつもりじゃないんだけど」
 からかい混じりに言われて、キルシェも照れたように小さく笑った。
「心配しなくても、時間に遅れてなんかいないから。ほら、まだ5分もある」
 差し出された腕を慎重そうな視線で見つめて、ようやく彼女の緊張も緩んだようだった。
 彼女の肩から力が抜けたのを見計らって、ジルコンもゆっくり立ち上がる。彼の身長は190cmと高く、背伸びをすると大概のものに手が届くのはよいのだが、困ったことに小柄な人だと横に立つだけで竦みあがってしまうという難点もある。立ち上がるときもあまり急に動かないよう、いつの間にやら自然とそういった振る舞いが身についてしまっていた。
「なんだか逆に申し訳なかったかな。お礼なんて良かったのに」
「いえいえ、このままじゃ私の気がすまないから……。あ、申し遅れまして、先日は本当にありがとうございました」
「いや、いいんだよ。元気になったみたいでよかった」
「いーえ。本日はしっかりお礼をさせてもらいますから、遠慮しないで楽しんでくださいな」
 はきはきと喋る彼女の朗らかな笑みは健康そのもので、先日の青い顔をしていた弱々しい女性とはまるで印象が違う。染み一つない柔らかそうな肌はほんのり薄桃色に色づいて、木陰に入ってもなおつややかに光る桜色の髪を一層に引き立てていた。
 ジルコンが彼女と出会うのはいつも暗い時間帯だったためか、彼女の瞳がよく光る深い梅色をしているのにもその時まで気がつかなかった。
 先を促すように歩き始める後姿はすらりと背が高く、細身でしなやかなラインに象られている。
 最初の目的地である眼鏡屋への道のりも二人にはそう長いものではなく。お互いに人当たりの良い性格が幸いしたか、歩きながらの会話でも沈黙は30秒と続かなかった。
 今日の予定から近頃の街のこと、お互いの興味の対象にまで話題は次々と移り変わり。特に二人の趣味が合致したのは芸術面においてだ。
 一人が小説家の名前を上げるともう一人がその作家の作品について述べ、話題を提供した一人が嬉しそうにそれに応ずる。といったやりとりがほとんどで、作品に対して抱く印象は違っても好みが異なることはほとんどなかった。
 物怖じせず堂々と自分の考えを述べる才気闊達そうな態度は少なからずジルコンに好印象を与え、きれいに仕上がった眼鏡が彼の手元に戻ってくるころにはどちらともなく往年の友人のように開けっぴろげに接していた。
「いやあ、すごいものだね。こんなに綺麗に元通りになるなんて思わなかったよ」
 感心したように眼鏡を眺めた後、懐に仕舞い込むジルコンを不思議そうに眺めて、キルシェは当然の疑問を投げかけた。
「あれ、かけていかないの?」
「だって、この後映画館に行く予定じゃないか。僕は遠視だからね、外したほうが良く見えるんだよ」
「あ、そうなんだ。どこか気に食わないのかと思ってびっくりしたよー」
 すっかり話の盛り上がった二人は昼食を食べたあと解散、という予定を組みなおし、気になっていた映画を鑑賞に行く算段をつけていた。
 ジルコンは眼鏡代でもう礼は十分だから、と映画代については自分が出す気でいたのだが、それではお礼にならないとキルシェが頑として譲らなかった。
 喧喧囂囂の議論の後、ジルコンがひねり出した結論はこうだった。
「よし、わかった。今日は大人しく僕がご馳走になるよ。……ただし、一つお願いを聞いてくれないかな」
 根負けしたように黙り込んだ後のこの言葉に、キルシェは勿論、と機嫌よく首肯する。途端に悪戯っぽくジルコンの表情が緩み、彼の「お願い」を口にした。
「また僕と出かけてくれないかな? その時は、僕が負担させてもらうから」
 この答えにキルシェは目を丸くし、それじゃ同道巡りだ、と笑った。
 映画は期待通り素晴らしい出来で、映画館の後に入ったカフェでも延々とその話が続いた。
 興奮冷めやらぬままに役者や演出を讃え、意見を出し合い、解釈の仕方を話し合う。
 ふと気がつけば頭上にあった日はいつの間にか西の山際に傾いていて、オレンジ色の日差しに気付いた二人はお互い呆れたように溜息をこぼした。
「もうこんな時間だよ。どうも夢中になってしまって、いけないね」
「本当だ。そろそろ帰らなきゃ」
 深い充足感と共に、遠慮するキルシェを促しながらジルコンは彼女を家まで送り届けた。
 今日は楽しかった、と言ってジルコンが頭を下げれば、私も、とキルシェが笑う。
 もしこの時に通りがかったひとがいても、この二人が知り合って二日目だと思うことはそうそうなかっただろう。
 この日を皮切りにこのやりとりが何度繰り返されるかなど、その時の二人はおろか促したロウオーレですら知るよしもなく。
 ただ別れた足音が、別々の方向へと響いていく。
 その間を埋めるように、舞い散った桜の花びらが道の上で風に踊った。
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【2006/04/11 20:27】 | 花の眠る庭 | トラックバック(0) | コメント(0)
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  • Author:狩野宿
  • 虚言・妄想・戯言・被害妄想が並じゃなく多いです。
    焦ったり面倒がったりまったりしたりしながら語彙と表現力の無さを嘆いています。
    そんな感じの修行中字書きです。

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